平成19年経済産業省により、近代化産業遺産群33が発表されました。
喜多方でも「登り窯」をはじめとして9つの建造物が「建造物の近代化に貢献した赤煉瓦生産などの歩みを物語る近代化産業遺産群」に選定されました。
喜多方に現存する赤煉瓦生産の一端をご覧ください。
明治23年に設立され、ここで作られた煉瓦は、岩越鉄道(現在の磐越西線)のトンネル、加納鉱山の坑道や現在も数多く残る地域のレンガ蔵に使われていた。
(※こちらの施設は見学する際には、観光ガイド等の同行が必要となります。見学希望の方は喜多方観光協会電話0241-24-5200)までご連絡ください。)場所
創業が江戸時代中期の寛政2年(1790年)。現存する煙突は酒を仕込む際に使われていた。現在は郊外に「飯豊蔵」を新設し、本店では蔵の見学や酒の試飲・販売が行われている。場所
大正8年創業。現存する煙突はかつて酒を仕込む際に使われていた。場所
販売の98パーセントを地元喜多方で売る酒蔵で、現存する煙突はかつて酒を仕込む際に使われていた。場所
喜多方でも、最も豪華といわれている蔵のうちの一つ。現存する煙突は、醸造業を営んでいた際に使用されていた。場所
美しい曲線のアーチ型の入口が印象的な蔵。登り窯とはほど近い場所にある。場所
明治38年に完成した蔵。かつて登り窯の創設者樋口市朗氏が、住み込みで働いていたことでも知られている。場所
かつては米蔵として使われていた蔵を現在は喫茶店として使用し、喫茶店「煉瓦」として営業している。場所
明治44年完成。通常、喜多方の商家は通りに面した間口が狭いが、金田洋品店は間口を広くとっている。当時としては非常にハイカラな造りであったと言われている。場所